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タイ、混迷するコメ買い取り策 財政負担が急増…密輸米も流入
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タイのインラック政権が「農家保護政策」の一環として導入した「コメの買い取り策」が、間もなく開始から2年を迎える。市場価格を超えてコメを「買い取る」ため、取引業者らが殺到。国の財政負担が急増しているほか、タイ米の国際市場価格が高止まりとなり、2012年には31年ぶりにコメ輸出世界一から転落する憂き目にも遭った。
このため、政府は6月末からの買い取り価格引き下げなどを閣議決定したが、生産・流通関係者の強い反発に遭い、わずか2週間で軌道修正。引き下げ時期を今年9月以降に先送りするなど対応を二転三転させている。政府関係機関からも批判の多い「買い取り策」の現況をまとめた。
カンボジア国境に接するサケオ県アランヤプラテート郡。バンコクの東300キロに位置する国境の街を東西に横断する国道33号はカンボジア国内に通じ、最終的にはプノンペンへとたどり着く。その国境警備所で6月下旬、タイへの入国を試みようとした不審な大型トラックが摘発される事件があった。
トラックを運転していたのは、コメの運搬業者を名乗るタイ人の男性。税関職員が荷台を確かめると籾(もみ)米約90トンが発見された。男は、コメはタイ産米だと主張、知人から頼まれただけと訴えたが、最終的に税関の追及にカンボジアからの密輸米であることを認めた。
フランスを旧宗主国とし、内戦で国土が荒廃したカンボジアだが、中央部に位置する巨大なトンレサップ湖の周辺とメコン川流域は伝統的に稲作が盛んだ。内戦前の1960年代には年間300万トンもの生産高があった。現在は政府の後押しで徐々に回復し、米農務省の12年統計によれば精米輸出量で80万トン、世界8位にランクされるまでになった。
だが、タイ米などと比べ安価であることや、精米技術の未発達などから国境を越えて周辺諸国へ密輸されるケースが後を絶たない。そこに重なったのがコメの「買い取り策」。
男も「カンボジア産をタイ産と偽り、タイ政府に高値で買い取ってもらうために密輸を計画した」と供述した。また、ミャンマー国境でも同様の事件があったことから、政府関係者も動揺を隠せないでいる。
買い取り策はさまざまな場面で物議を醸している。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェイスブック利用率が世界一高いタイの首都バンコク。余剰在庫の増加と輸出の不振で倉庫使用料金が高止まりした今年4月ごろから、ソーシャルメディアのサイトで「カビや虫がわいた貯蔵米がひそかに市場に流通されている」と根も葉もない噂が書き込まれるようになった。
中でも、独自のプライベートブランド米を販売し、名指しで批判された仏系のディスカウントストア大手ビッグCスーパーセンターでは噂の火消しに躍起だ。6月下旬にはミャンマーに近い中部カンチャナブリ県にある貯蔵施設と精米工場に地元報道関係者を招いて、県職員立ち会いの下で精米ラインを公開。安全性をアピールするなど異常な事態となっている。
また、買い取り代金の中から高額の手数料などを天引きしていた中間ブローカー集団が北部や東北部地方を中心に暗躍していることも判明。一部に政府関係者が加担しているとの指摘も取り沙汰され、政府が対応に追われている。
「コメの買い取り策」は、名目上はコメを担保とした融資制度だが、貸付枠がコメの市場価格の4~5割増に設定されているため、事実上の「買い取り制度」とされ、これまでに約5900億バーツ(約1兆8520億円)に上る国費が投じられた。
一方、政府が売却に成功したのはわずか約800億バーツ。この差額が収穫期ごとの赤字となって、政府債務を膨らましてきた。タイ中央銀行の試算では、このまま19年まで施策が継続された場合、国内総生産(GDP)に対する比率は60%を超えるとされている。
6月には、施策を理由に米格付け会社から国の信用格付けの引き下げ可能性も指摘されたタイ政府。出口の見えない「買い取り策」が待ったなしのところに来ている。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀晋一)