クラーク近くの火山が大噴火(91年6月)。財政赤字に苦しみ軍事費縮減に取り組む米クリントン政権が、復旧費を嫌がった事情はある。しかし、継続を望んだスービックまで返還を余儀なくされた。クラークにしても代替地はあった。そもそも基地協定は、対外防衛目的で比側の希望で結ばれた。
米軍撤退で中国が邪心
米軍撤退は中国の邪心に拍車をかけた。フィリピンが領有を主張するミスチーフ礁に95年、比側の抗議を完全に無視し“漁民の避難施設”を建設。あれよという間に飛行場ができ、将兵と対艦・対空火器が配備された。フィリピンが実効支配するスカボロー礁も狙う。周辺の地下資源埋蔵が判明したためだ。比世論は51年調印の米比相互防衛条約を持ち出し、礁からの中国海洋当局公船追い出しを支援しない米軍を批判したが、身勝手と無見識には呆(あき)れる。
現実を思い知ったフィリピンは99年に米比訪問部隊協定を締結し、比米合同演習を再開。2003年には米国と相互補給協定を結び、11年には比軍装備増強を米側が支援する方針が決まった。