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フジロック・フェスティバル 創始者・日高正博氏に聞く(2-2) 観客と作り上げた「夏の祭り」  (1/3ページ)

2016.3.30 13:30

初めてのフジロックの初日、ヘッドライナーはレッド・ホット・チリ・ペッパーズだった。20回目の2016年もヘッドライナーを務める(Yuki_Kuroyanagiさん撮影、CROSSBEAT提供)

初めてのフジロックの初日、ヘッドライナーはレッド・ホット・チリ・ペッパーズだった。20回目の2016年もヘッドライナーを務める(Yuki_Kuroyanagiさん撮影、CROSSBEAT提供)【拡大】

  • 97年は中止によりステージに立つことができなかったベック。2年目の豊洲でフジロック初登場。今年もフジロックに帰ってくる(Yuki_Kuroyanagiさん撮影、CROSSBEAT提供)
  • フジロックの代表を務める日高正博さん(宇宙大使☆スター提供)

 翌年の98年には、東京の豊洲で開催。そして99年に、再び自然の懐でのキャンプイン・フェスティバルのスタイルに戻り、新潟県苗場に会場を移した。

 苗場でのフジロックは、日本を代表する野外フェスティバルとして世界に認められるようになった。世界一クリーンなロックフェスと称する海外のメディアも多い。

 皆の協力で定着

 「苗場に行った1年目。俺たちから情報発信することが大事だったこともあって、『フジロックは流れるフェスティバルだ、苗場でダメだったら次の行き先はない』みたいなことを書いた。この反応がすごくて、お客さんが苗場で続けることに協力してくれた。例えば、ごみを出すのはやめようとかね。地元に絶対に迷惑をかけない。その思いが伝わってきて、非常にうれしかったね。フェスはお客さんと一緒に作るものだって実感しましたよ」

 フェスのお客さん、そして会場近くの苗場の人々。全ての人たちの思いを夏の週末に集合させることによって、フジロックは“夏の祭り”として定着していったのかもしれない。フジロックが続けて開催されることによって、日本にも野外フェスという文化が芽吹いてきたと言っても過言ではないだろう。今の野外フェスの礎を築いたのは、間違いなくフジロックだ。

親子三代で来てもらえるフェスティバル

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