「プライバシーはまったく存在しない」習近平政権がデジタル監視を強める本当の理由

    ■洗脳するのではなく「都合の良い意見」だけで取り囲む

    コロナ対策でも、見えない統制は力を発揮した。中国政府の感染対策はなぜ信頼されたのか。SF作家の劉氏は海外の失敗と比較することで、感染を抑え込んだ中国当局の手法が支持されたと話している。しかし、それだけではなかったのではないか。

    中国当局の力によって政府への批判は見えなくされた可能性がある。中国のソーシャルメディアのメッセージを分析している、あるマーケティング企業に話を聞いた。同社は2020年1月下旬から2月中旬にかけて、中国のSNSウェイボーのデータを取得し、新型コロナウイルス感染症流行下の中国で人々が何を求めているかを分析した。その際に発見したのが、湖北省からの発信が極端に少ないという点だった。

    なぜ発信が少なかったのか、その原因を特定することはできないが、流行が進み、医療資源も不足している湖北省の状況を外部に知らせないために発信が消された、外部からは見えなくされた可能性は否定できない。

    政府にとって不都合な情報が消され、都合の良い情報だけ残される。ある特定の意見を押し付けて洗脳するのは大変だが、人間は周りに流される生き物だ。普段目にする情報には容易に影響される。

    政府の意見を押し付けられてもなかなか言うことは聞かないが、都合のいい意見だけが残された言論空間では、「それがみんなの考えだ」と自然に受け入れてしまう。ワクチンがまさにそうだ。

    ■世界トップレベルのワクチン接種率を達成できたワケ

    2021年11月3日時点で10億7038万6000人が接種を完了している。全人口の74%を超える、世界的トップレベルの水準である。医療問題が繰り返されてきた経緯もあり、中国人は健康問題について政府を信用しない。緊急開発されたワクチンに対する抵抗感は他国以上だとの、私の予想は裏切られた。

    新型コロナウイルス感染症の流行初期に知人と話していた時は、「即席で作ったワクチンなんか絶対に打たない」という人が多かったが、接種が始まると急激にムードが変わった。

    一部では接種率を上げるためになかば強制のような形もあったほか、ワクチン接種で卵や牛乳をプレゼント、あるいは抽選で自転車が当たるというキャンペーンもあったが、それ以上に大きかったのが世論誘導だった。

    不安の声はかき消される。残っているのは「ワクチンを打ったけど大丈夫だった」との話ばかり。となると、人々の不安も消えていく。無理に意見を押し付けるよりも、巧妙な手法だ。習近平体制成立から約10年、この間、検閲体制は目覚ましい発展を遂げている。たんに情報収集と処罰が強化されただけではなく、より人々に気づかれにくい、ソフトな手法まで用いられている。

    高口 康太(たかぐち・こうた)ジャーナリスト/千葉大学客員准教授

    1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深●(=土へんに川)と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

    (ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)


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