アニメ(画)キャラとVチューバーの違い
今回も、千葉県警という公的機関が、一般的にはアニメ画と解釈されるVチューバーを起用して問題となった点については似通った事例と言える。ただし、今回の件においては、これまでのアニメ画と同一事例と捉えてはいけない点がある。
それは、Vチューバーはあくまでアニメの「記号」を持ったタレント(人間)であり、人格を持っているということである。
アニメのキャラクターの場合、原画の動きや表情に合わせて声優が声を当てるため、そこに双方向性はない。ひとたび吹き込まれたアニメにいくら呼びかけようとも、キャラクターが返事をすることはなく、会話が成立することはない。
対して、Vチューバーの場合は、演者がアバターモーションキャプチャーでトラッキングしてリアルタイムに動きを加えており、視聴者の呼びかけに対して返事をしたり、動きを加えたりすることも可能だ。アニメという創作物ではなく、実在する一つの人格がVチューバーの背後にはいるのである。
今回、フェミニスト議連の抗議文によって、千葉県警が詳細な経緯の説明もせずに一方的に動画を削除したことは、このVチューバーの背後にいる演者の人格を無視したことにほかならず、これが擁護側からの非難の対象の一つになっているのである。
当初は「児童の交通安全に向けて」という共通目標に向けて戸定さんと走っていた千葉県警が、少しハレーションが起きたからといって雲行きが怪しくなったとたんにはしごを外すことはあってはならない。事業からの「降板」は、その原因がどちらにあるにせよ、そのタレントの今後の活動にも影響を及ぼすからだ。この点は、これまでのアニメ(画)キャラとは全く異なる点と言える。
千葉県警に取材した記事「千葉県警、Vチューバー『戸定梨香』の再起用示唆 『協定は現在も有効』」によると、幸い松戸市警察の戸定さんとの契約は継続しており、今後何らかの活動が再開されそうだ。千葉県警担当者によると、削除理由については、議連の抗議があったからだというが、「議連の意見を正当なものとして受け入れたわけではない」という。
ゾーニングは意味をなさなくなっている
こうした炎上を防ぐため、見たい人と見たくない人のゾーン(領域)を分ける手法の一つとして「ゾーニング」という手法がある。ゾーニングとは、その名のとおり見たい人と見たくない人のゾーン(領域)を分けてしまうことだ。
実は、千葉県警は今回の一件でゾーニングを意識し実施していた。というのも、「子供はYouTubeを見てくれるはず」という考えから動画をYouTube上のみで公開しており、日常生活で誰でもアクセスできるポスター掲示やグッズの配布といった形を取らなかったからである。そういった点では、普段アニメとの接点がない人や、アニメキャラに忌避を覚える人に対しての一定の配慮はあったと言えよう。
ところが、このゾーニングという手法は、SNSが発達した現代においては、有効性を失いつつある。どれだけ見たい人のみを対象に狭い空間で発信しても、それをひとたび誰かがSNSに上げてしまえば、たちまちあらゆる人がアクセスできてしまうからである。
一人の人格を持つVチューバーはTPOをわきまえる配慮を
そのため、今求められていることは二次元(虚構)のキャラクターであっても三次元(現実)の人間と同じようなTPOに注意することだと言える。Vチューバーはアニメ(画)と異なり、2次元と3次元の橋渡しができる生きた存在だからだ。
今回の動画では、講師として呼びかける児童向けの教育目的の動画に、戸定梨香さんの持つ「記号」であるとはいえ、ヘソを出したミニスカート姿で登場したことは、TPOをわきまえているとは言えなかった。戸定さん側は、次の企画のために警察官姿の衣装も用意していた。今後の活動では、公的機関とコラボするようなフォーマルな場では、その場に適した服装をするといったことが、一人の人格を持つVチューバーにも求められるのではないか。
たとえば企業の採用面接にジーパンではなくスーツを着て臨んだり、お葬式に赤ではなく黒の礼服を着たり、教育者として話す際に、短パンにサンダルよりも、「きちっとした」服装の方が、話の説得力が増すなど、服装も「表現の自由」ではあるものの、私たちは「その場にふさわしい」服装や態度を選んでいる。






























