マネーに色はないけれど…それでも「プリンスホテル」が元気な日本が好き

    プリンスホテルが、国内約30施設を1500億円でシンガポールの政府系ファンドに売却することを発表しました。

    西武ホールディングスが売却対象としている「ザ・プリンスパークタワー東京」(ホームページから)
    西武ホールディングスが売却対象としている「ザ・プリンスパークタワー東京」(ホームページから)

    この手のニュースに触れるといつもちょっと心がザワつきます。自国の貴重な資産が自分たちの意思が届かない外国人に支配されてしまうことに対して不安を感じてしまうからです。まして、プリンスホテルの場合かつて宮家や華族などが所有していたような希少な土地を数多く保有することで知られるわけで、それらが外国資本の所有になるとしたらやはり心穏やかとはいきません。

    とは言え、ネット上の論調には“日本が奪われる”という声が多い一方、それなりに冷静な視点も多かったようにも感じました。

    筆者自身が、このような記事に触れるときいつも思い出すのは、バブル時代ハワイのホテルを買い占めた日本人紳士に対する確か当時ハワイ州知事の言葉です。「このホテルもビーチも日本に持って帰れるわけではないですからね。ハワイをより良く維持発展させるためにたくさんお金を持ってきてくれて感謝します」といったような趣旨だったように記憶しています。

    案の定、今や日本からのハワイ投資はあらかた引き上げられ、かつて日本人が多く所有したホテル群は何事もなかったようにハワイ州のそこにあります。

    そういえば、ニューヨークの象徴ロックフェラーセンターを三菱地所が買ったときもそれなりのひと悶着だったわけですが、もちろんその後大半の権利は手放され今でも保有されているのはそのとき買った14棟のうち2棟だけだとのことです。

    マネーに色はない

    そんなことを言い出せば、株式を筆頭にあらゆる市場がグローバル化された時代に、資本の国籍にこだわること自体がもはやナンセンスなのかもしれません。まさに“マネーに色はナイ”。日本企業だって本場のスコッチウイスキーの醸造所を買ったり、むしろ海外に多く投資先を求めているわけですから自国市場だけ都合よく売り惜しむ訳にいかないのも道理に違いありません。

    たとえ日本創業の企業であっても、今や外資系資本が過半の企業も少なからず存在するわけで、グローバルに事業が評価されている証左でもあるとすればそれが悪いことであるわけもありません。もはや民族資本という意識自体死語とすべき概念なのかもしれないのだとも思います。

    とすれば、もちろん安全保障上や資源管理上の国土保全は大前提として、健全な外国からの不動産投資はかつてのハワイ州知事ではないですが、開発や維持の面からもウエルカムとすべき考え方も多いに成り立つのではないでしょうか。

    まして、ホテル業は運営と所有の分離が世界的なトレンドでもあります。ほとんどすべての土地建物を自社保有、自社運営してきたプリンスホテルが近代的なホテル業を目指すことに異議はありませんし、コロナ禍の状況をふまえれば財務戦略の面からもやむを得ない選択であろうことも察せずにはおれません。

    “高度経済成長期、日本人が描いた夢の熱量”を体現

    それにしても、プリンスホテルです。

    旧宮家や華族の土地を「ピストル堤」と呼ばれた西武グループ創業者の堤康次郎が強引とも言われた手法で獲得し、その後の異母兄弟たち相続経営者による興亡劇まで含めたピカレスク的な展開は日本のバブル期を挟んだ隆盛と衰退の象徴のようでもあり、かつては誰もが知る物語だったわけです。

    巨匠村野藤吾設計の傑作「ザ・プリンス箱根芦ノ湖」(筆者撮影)
    巨匠村野藤吾設計の傑作「ザ・プリンス箱根芦ノ湖」(筆者撮影)

    とりわけプリンスホテルの事業は、そんな創業者と後継者堤義明氏の個性が反映した個性的なものであったように思います。

    一時は世界一の資産家としてフォーブス誌に取り上げられたことがある西武グループ総帥堤義明氏。全盛期は絶対的なワンマン経営者として知られていました。氏が設計や仕様の細部にまで指図して完成させ、はからずも今回売却対象となった東京港区の真ん中芝公園に隣接して再開発された「ザ・プリンスパークタワー東京」などを見ると、見るからに希少な石材がいたるところに貼られ、イタリアカッシーナ製一脚100万円するようなソファーがふんだんに置かれるなど豪奢極まる造りではあります。

    しかしながら、どこかちぐはぐというか、有り体に言えば、お金持ちの豪邸にお邪魔したとき、その個人の趣味のアクにちょっと辟易する雰囲気を否応なく感じてしまいます。やはり近年は経営運営ともにやや迷走気味であったことは否めません。

    かつてのプリンスホテルと言えば、村野藤吾氏や丹下健三氏など日本の近代建築界錚々たるマエストロが西洋近代建築のロジックと日本人が伝統的に引き継ぐ美意識を葛藤の中で融合させ、単なるウエスタンスタンダードとは一線を画す歴史に残るホテルを多数作り上げてきました。

    今でもそれらプリンスホテルに行くと、客室こそ陳腐化の感が否めませんが、余裕のあるロビーラウンジや充実したバー(そう言えばプリンスホテルオリジナルスコッチウイスキーなども名物でした)、カフェ、バラエティーに富むレストランなど、プリンスホテルならではの美質を感じることができるのです。大げさに言えば、“高度成長期に日本人が描いた近代的で豊かな暮らしに対する夢の熱量”をプリンスホテルからは感じるように思うのです。


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