【フェラーリ・カリフォルニアT(4)】受け継がれる勝者の証し (1/2ページ)

2014.5.30 05:00

フェラーリは、F1をはじめとするレースに参加しながら、その技術を市販車開発に生かす

フェラーリは、F1をはじめとするレースに参加しながら、その技術を市販車開発に生かす【拡大】

  • 創業者のエンツォ・フェラーリ氏
  • フェラーリのボディーには、デザインのパートナーである「ピニンファリーナ」のロゴも搭載されている

 1929年に、アルファ・ロメオのワークスドライバーとして活躍していたエンツォ・フェラーリ。彼がレース工房として設立した「スクーデリア・フェラーリ」を前身とし、フェラーリの歴史は始まった。フェラーリのシンボルとして知られる後足で立ち上がった「跳ね馬」(Prancing Horse)の紋章。これは、第一次世界大戦時にイタリア空軍のエースだったフランチェスコ・バラッカが搭乗する戦闘機に付けていたものを譲り受けたという。23年にラベンナで行われたレースに優勝したエンツォに対して、バラッカの母親が、亡き息子のシンボルであった跳ね馬の紋章を勝者の証しとしてエンツォに託したと伝えられている。

 その後、第二次世界大戦によってレース活動が禁止されると、エンツォは工作機械製造の経営者となった。そして終戦後は、マラネッロに自前の自動車工場を設立し、次第に自前のレーシングカーを開発するようになる。

 ◆高性能車のブランド確立

 創業した1947年に製造したレーシングスポーツ「125S」がフェラーリとして開発した最初のモデルである。その後、レーシングカーをロードカーに仕立て上げる製法で車種を広げていった。初めて市販車の製造を開始したのは「250」シリーズだ。レース参戦を目的としたモデルで、シリーズを重ねるごとに改良は進み、走行性能はもちろん、市販車としての操作性や快適性も高まり、生産台数を順調に伸長し車種も拡大。フェラーリの市販車は、デザインの美しさや、F1などでの活躍による性能の高さの評価を得て、ヨーロッパや北米を中心に高性能市販車としてのブランドを確立していったのである。

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