最終的には、日亜化学が約8億4千万円を支払うことで和解が成立し、中村氏の訴えはおおむね認められた。だがその後、日本政府は中村氏の思いに反して、特許権の帰属を社員から企業に移す検討を始めた。特許庁が帰属を変更する改正方針を示したが、中村氏は共同通信のインタビューで、「(特許法は)現状のままでいい。サラリーマンはかわいそうだ」と改正を批判した。
安心する企業
一方、帰属の変更に安堵(あんど)する企業関係者は多い。
「やっと枕を高くして眠れます」。ある製造業の男性幹部はこう打ち明ける。男性の会社では数年前、社内の研究者が発明した技術をめぐり報奨金の額でもめたことがあるという。社員に帰属する現在は訴訟で企業側が不利になる可能性が高い。事実、中村氏の判決以降、日立製作所は18年、光ディスクの技術をめぐる訴訟で開発者に1億6千万円を支払うなど社員の主張を認める司法判断が相次いでいる。
ただ、特定の社員の要求をそのまま受け入れ、巨額の対価を払えば企業の業績に影響し、他の社員の給料にも響く。前述の男性幹部は、訴訟を起こされないよう慎重に社員への説得を続け、報奨額を上げない方向で納得してもらったが「胃に穴が空きそうなストレスを感じた」と振り返る。