
北村精男が方眼紙に書いた圧入機のラフスケッチ【拡大】
「垣内さんは、当時32歳だった私より20も年上だったが、なにより発明好きといった雰囲気の人だった。お金や、契約がどうのとか、一切難しいことは言わずに引き受けてくれた」
そう振り返る北村だが、実はこの当時、開発資金はなかった。「見切り発車で垣内さんの懐に飛び込んでみた」。一方、垣内も「(北村は)どこかの御曹司だと思っていた」らしい。北村は「垣内さんは恰幅(かっぷく)がよく、泰然としていたから、金持ちだろうと思っていた」と振り返る。
互いの思い込みが、サイレントパイラー開発の号砲を鳴らした。「当時の私には機械をつくる技術はなく、(垣内さんが引き受けなければ)サイレントパイラーが世にでなかった可能性が高い」。北村は感慨深げに語った。
=敬称略
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首都直下、南海トラフの地震や多発する水害の危機が迫る中、独創的な工法が注目を集める「技研製作所」は創業50年を迎えた昨年、東証1部上場を果たした。この連載では、北村精男氏が一代で興した同社が、世界企業として発展してきた半世紀を追う。