『永い言い訳』西川美和著(文芸春秋・1600円+税)【拡大】
死は出会いを引き寄せる。突然の事故で妻を亡くした作家・津村啓。彼は妻・夏子の死を〈当事者〉として引き受けられずにいた。感情の波立たない日々の中、同じ事故で母親を失った大宮一家と出会う。思いに率直な陽一と、残された二人の子供。母親の喪失は、一家の日常を狂わせていた。津村は一家に出入りし、母親の穴を埋めることにより〈愛を得た〉と確信するのだが…。
本書の特徴は多視点であること。語り手が次々に入れ替わり、それぞれの人物視点から物語を照らし出す。一人称と三人称を行き来し、真実は揺れ動く。本書の前半では、津村と夏子の出会いのエピソードが語られる。立ち現れるのは、ふたりの絆というよりも、すれ違いの過程だ。生前の夏子は、夫を〈虚業のひと〉と断言する。津村は本名を出されることを嫌い、〈津村啓〉として書き、カメラの前に立った。夫が作家を演じるようになってから、夏子の心も離れていった。だが彼女の死後、大宮家との出会いによって、〈津村啓〉の虚像は徐々に崩される。
陽一の小学6年の息子・真平の言動が印象的だ。彼は津村の前で、亡き母親への本音を漏らし、苦しげに泣く。感情を表に出せず、人の顔色をうかがってしまう真平も〈当事者〉の意識を持て余し、何者かを演じてきたのだ。「見えてるものをちゃんと見るほうが、ほんとはむつかしいんだよ」。真平と津村の対話を読むと、彼らが少しずつ共鳴していく様子が見えてくる。