撤退後も露軍の影響力残るシリア

佐藤優の地球を斬る
3月15日、シリアからロシア南部の基地に帰還し、家族と抱き合うロシア空軍パイロット=2016年(タス=共同)

 14日、ロシアのプーチン大統領は、シリアからロシア軍が撤退すると表明した。

 <【モスクワ=黒川信雄】ロシアのプーチン大統領は14日、ショイグ国防相に対し、シリアでの空爆作戦に従事するロシア軍の主要部隊の撤退を15日に開始するよう命じた。露大統領府が発表した。

 ロシアは昨年9月末、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討を名目にシリアでの空爆を開始。IS以外の反体制派を空爆しているとの国際的な非難を浴びつつ、自国が支援するアサド政権軍の勢力回復を軍事面で支えた。先月には米露間で合意した一時停戦が発効し、今月14日には、内戦の政治的解決を目指す和平協議がジュネーブで再開された。

 プーチン氏は大統領府にショイグ氏、ラブロフ外相を呼び、ロシア軍による効果的な軍事行動が、和平プロセスの開始を可能にさせたと強調。「軍に課された任務はおおむね遂行された」と述べ、15日からの撤退開始を命じた。一方で外務省に対しては、和平プロセスへの関与強化を要請した。

 ただプーチン氏は、現在ロシア軍が使用するシリア西部の海軍、空軍基地については「従来通り機能する」とも発言。停戦監視を目的に、一定規模の兵力の駐留を継続させる考えを示しており、撤退命令がどれほど内実を伴うかは不透明だ。同氏は撤退の期限についても言及していない。

 プーチン氏は14日、シリアのアサド大統領とも電話会談した。アサド氏はプーチン氏に対し、深い謝意を表明したという。>(3月15日「産経ニュース」)

 1000人規模の顧問団

 実際に15日からロシア軍は撤退を始めた。もっとも、ロシアは、1000人規模の軍事顧問団をシリアに残すとみられている。これらの軍事顧問は、ハイテク兵器の専門家や、参謀からなるので、ロシア軍の強い影響力が依然としてシリアに残る。米国の圧力と説得に屈してロシアがシリアから撤退するのではない。ロシアは、所期の目的を達したから、これ以上、正規軍部隊をシリアに駐留させる必要はないと考えたのである。それでは、ロシアの所期の目標は何だったのだろうか。筆者の見立てでは、ロシアの目標は、アサド政権の存在を国際社会に認知させることで、ISの掃討ではなかった。ロシア人はシニカル(冷笑的)な現実主義者だ。サウジアラビア、カタール、トルコなどのスンニー派国家にとって、最悪のシナリオは、イラクとシリアが、シーア派国家であるイランの影響下に入ることだ。現在、バーレーン、イエメンなど中東の主要全域でイランが攻勢を強めている。

 分裂国家間で武力紛争

 このような状況で、サウジアラビア、カタール、トルコなどは、イランに対するカウンターバランスとしてISを利用できると考えるようになった。実際に、サウジアラビアとカタールは、ISに資金援助を行っていると複数のインテリジェンス機関が見ている。このような状況で、ロシアが本気でIS掃討作戦を行うと、サウジアラビア、トルコなどと本格的に衝突する危険があるとプーチン大統領は考えた。そこで、米国やEU(欧州連合)が事実上、アサド政権の存在を容認する姿勢を示したので、プーチン大統領は、このタイミングでロシア軍がシリアから撤退し、国際社会においてロシアが平和愛好勢力であるという印象を植えつけることを考えているのだと思う。

 もっともロシアがどれだけアサド政権を支援しても、この政権がシリア共和国の領域全体を実効支配することは不可能だ。シリアは3~5個の小国家に分裂するであろう。同様にイラクも3つの小国家に分裂するであろう。そして、分裂した国家間での武力紛争が起こるであろう。中東では戦争が常態で、稀(まれ)に平和の時期があるという状況が続くのだと思う。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS