関係者の間では「中露とNATOのシステム間には互換性がない。落札しても、NATOは作戦指揮中枢へのアクセスを絶対に許可しない。独立したシステムに止まり、効果的運用は望めない」との観測が強かった。従って「中露に入札を許したのは、欧米を価格低下に導くため」と捉えられていた。
ところが1996年、既に中国はトルコに技術供与、短距離弾道ミサイルを共同開発している。軍交流も盛んで、土軍は1985年以降、二十数回数百人の訪中団を派遣。中国もそれに近い代表団を訪土させており、土陸軍特殊作戦部隊の研修にまで参加した。99年には土陸軍副参謀総長が訪中し《軍事演習・協力協議》に、2000年には初の《安全保障協力協議》に、それぞれ署名する。斯(か)くして土空軍は09年、中国軍人に演習全貌を観戦させ、翌年には中国とNATO加盟国初の空中共同演習が実現する。その際、中国軍機はパキスタン上空を通過、イランで燃料補給しトルコ入りしている。陸軍同士もこの年、共同演習を始めた。
さて落札の背景だが、低価格の他に、入札企業の多くが「情報拡散」を懸念し、土国内での生産を拒んだ点が指摘できる。トルコとしては、技術育成にも雇用にも貢献しない。