勿論そういった外界との接触を断つ手段として、サンダルでもって、ざるっちぇざるっちぇと呪文を唱え、自己の世界に完全に没頭しているという可能性も高い。この場合は私が歩を緩めようが速めようが、ざるっちぇにとっては全くどうでもいいことなので大変に安全である。しかしそうと決め切れない、つまり社会とは完全にオサラバしきれていない未練のようなものが、ざるっちぇの足元から全身にかけて煙のように漂っており、やっぱりこの、ざるううっちぇえええ、は怨念としか思えず、私も弱ってしまったのである。
慎重に大胆に歩を更に緩め
しかしこのままでは、ざるっちぇ音が鼓膜にべっとりこびりつき、紅白歌合戦も全部ざるっちぇな耳鳴りとなり、除夜の鐘さえ更に粘り気のある百八度の、ざるううっちぇえええ、になりかねない。それでは私の年末は台無しであるばかりでなく2014年も丸ごと縁起が悪くなる。縁起が悪いなんてことは、舞台に携わる私にしてみると「演技が悪い」ような響きを持つので、決してあってはならないことであり、何としてもこの縁起の悪いざるっちぇから身を遠ざけねばならない。