町村派のパーティーで乾杯する町村信孝氏(前列左から2人目)や安倍晋三(しんぞう)首相(前列右から3人目)ら=2014年5月13日、東京都港区のホテル(大西史朗撮影)【拡大】
存在感のない町村氏
遡(さかのぼ)ること約1年8カ月前の2012年9月。民主党政権の体たらくもあり、自民党が政権を奪還するのが目に見えていた中で行われた総裁選に安倍、町村両氏を含む5人が立候補した。だが、選挙期間中、町村氏は体調不良を訴え、検査入院。いまや派内で「町村首相待望論」はほとんど聞かれず、町村氏自身、来年9月の任期満了に伴う次期総裁選への出馬に意欲を示すことはもはやない。
2人のギクシャクした関係は次第に影を潜めていった。同時に町村氏の存在感は低下。町村派の存在意義も問われようとしている。
「看板は町村さんだけど、実質的に切り盛りしているのは細田博之元官房長官だ。今の清和会にリーダーはいない…」
そう語るのは派閥の中堅議員。それは清和会の重鎮クラスが相次いで政界を引退したことと無関係ではない。森喜朗元首相は、20年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長としての業務にいそしみ、小泉純一郎元首相は「脱原発」の国民運動の旗振り役を務めている。福田康夫元首相も政界から姿を消し、息子に地盤を譲り渡した。