遺族らが毎年発表する声明文も今年は当局の妨害を受け、発表できなかったという。外国メディアに対する取材妨害も近年で最も激しく、事前に関係者と会っただけで拘束された外国メディア関係者も複数いた。
「習近平体制の下で事件の見直しが進むと期待したのに、逆に締め付けが厳しくなった」
多くの遺族が落胆した。
期待抱かせた新指導部
2012年11月に習近平体制が発足した直後、遺族たちが高い期待を寄せたのには、それなりに理由があった。新政権の最高指導部(中国共産党中央政治局常務委員)のメンバー7人は事件当時、ほとんど課長、局長級の地方幹部だったため、武力弾圧との関わりはない。事件の責任者を追及しても、彼ら自身にその責任が及ぶことはないわけだ。
習近平国家主席(61)の父親で、党長老だった習仲勲(しゅ・ちゅうくん)氏(1913~2002年)は事件当時、全人代常務副委員長(国会副議長)を務めていたが、学生に同情的な言動を取ったため最高実力者の●(=登におおざと)小平(とう・しょうへい)氏(1904~97年)に嫌われ、権力中枢から追われたことはよく知られている。