版画「お金(アンティミテV)」はもっと意味深長だ。画面の3分の2以上が真っ黒に塗りつぶされている。左端では男性が女性に言い寄っている。浮気の現場なのか、それとも…。右側に広がる暗闇の中には何者かが隠れているのか。はたまた、読者が隠れるべき暗闇なのか。
ヴァロットンが自分の家庭を描いた「赤い服を着た後姿の女性がいる室内」と「夕食、ランプの光」は、もっと不思議な絵だ。
「赤い服-」では、連なる4つの部屋が開け放たれているが、シーツや衣類がだらしなくベッドやソファからこぼれている。後ろ姿の赤い服の女性はヴァロットン夫人(ガブリエル)だというが、何か大変な事件やトラブルが起きて、茫然(ぼうぜん)自失のまま立ちすくむ女性にもみえてくる。
「夕食-」は一見、家庭だんらんを描いた絵だ。だが、中心部に黒々と描かれた男性らしき人物がヴァロットン自身。真ん前に座った幼い娘にも笑顔はなく、夕食はまったく楽しそうに見えない。家庭内での疎外感は、黒い人物像同様、心にぽっかりと空いた穴のようだ。