そんな想像にふけっていると、群青色のトンボがどこからか飛来し、水鏡に小さな波紋を残して消えていった。
≪生命の揺りかご 「のぞいてごらん」≫
ビキン川の上流には道路がない。雪のない時期、村から奥のタイガに入るには舟を使う。いわば川こそが道だ。いつも舟で移動するせいか水面がとても身近で、暑い日にはつい潜ってみたくなる。魚やカワウソがいそうな淵(ふち)が次々と現れ、「のぞいてごらん」と誘っているようだ。
ある年の6月。そう、30度を超える真夏日のこと。ビキン川上流での探索を終え、猟師のカルーギン兄弟と3人で延々と流れを下ったことがあった。
エンジンを切って舟を流れにまかせながらルアーを投げる。面白いようにレノーク(コクチマス)がかかった。澄み切った水から弾力のある魚体が跳ね上がっては水飛沫(みずしぶき)と光をまき散らす。川辺の森は精気にあふれ、いくら下ってもどこにもダムなど見当たらない。川がまったく川のままの幸せな川旅だった。