5月のウスリータイガは早春の北海道の森によく似ている。大地を覆っていた雪がとけ、樹々が芽吹く前のほんの一(ひと)呼吸のような季節。森や水辺には、これから何かが始まる生命の予感があふれている。
ある年の5月初旬。クラスヌィ・ヤール村からウデヘのワシリー・ウシャコフとビキン川を遡(さかのぼ)った。雪どけで増水した春の流れは力強い。小さなエンジンをめいっぱい回しても、気を抜けば押し流されてしまいそうだ。
「まだ水が冷たいから落ちるなよ」。ワシリーが笑う。時折、川岸に隠れていたシノリガモが飛び立ち、色鮮やかな弾丸のように滑空していく。夏よりずいぶん時間がかかり、4時間あまりで狩小屋のあるカテン川との合流点についた。
狩小屋に泊まって森を探索していたある朝、ワシリーは倒木の重なる細い水路に舟を入れた。エンジンを切る。すると草木がいっせいに耳をそばだてるような静寂が広がる。舟竿が水を指す音が心地よく響く。秘密の水路をたどってモノトーンの映画の中に迷い込んだようだ。