やがて僕の竿(さお)にズシンと異様な重みがかかった。竿が三日月のようにしなり、魚が水中を突っ走る。リールがギーと悲鳴を上げ糸を吐き出す。「タイメーン!」。兄のセリョージャが叫ぶ。水面で身を翻した銀鱗は1メートル近い大物だ。タイメンは北海道にも生息するイトウの仲間だがメートル級の魚はめったに見られない。
舟を岸に寄せ、僕も舟から降りて魚との引き合いになった。今まで経験したことのない重さ。えたいの知れない水中の怪物でもひっかけ、引きずり込まれるのではないかという恐怖さえわいてきた。
興奮の中、いったいどれだけ時間が経っただろう。魚も疲れたらしく少しずつ岸に寄り始めた。だが魚をすくう網はない。どうする-。すると弟のワーニャが水に入って魚に近づいていった。あと少しで魚が捕えられる。と思った瞬間、あろうことか太い魚体がガフッと反転した。まだ力は残っていたのだ。プツンと糸は切れ、竿が力なく空を切った。
大魚は水中に消え、僕だけが呆然(ほうぜん)と岸に残された。セリョージャが両手をいっぱいに広げ、「ボリショーイ(でかかったなー)」と笑い転げた。