前日に訪れた、郡山市内の仮設住宅にある富岡町生活復興支援センターに飾られていた七夕の短冊が頭に浮かんだ。富岡町は全体が原発から20キロ圏内にあり、今も全町民が避難を強いられている。「お金はいらない。富岡に早く帰りたい」と書かれた短冊があった。多くの避難者にとって故郷に帰ることが一番の希望だと思っていた。それだけに、男性の言葉に衝撃を受けた。
「事故が起こる前まで、原発に大賛成していた。だからこそ本当に悔しい、腹が立つ」と、行き場のない怒りをはき出すように男性は言った。
「この店に集まっているのは、小高から離れられない連中ばかり。新しい土地で生活なんかできない」。男性はこうも言った。「金がなきゃ」という発言も本心に違いないが、小高で小高の人たちと暮らしたいという思いの方が強いのだ。
戻れと言うけれど
翌週もう一度、小高地区を訪れた。釣具屋に行くと、初老の店主が一人で店の整理をしていた。「あんた、こんなところまでまた来たんだ。ご苦労なこった」
先週はあまり言葉を発しなかった店主が「仮設では近所付き合いもなくずっと孤独。孤独になると、しゃべらなくなるんだ。想像できないだろ」と話し始めた。