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「地中海のへそ」マルタ 100年前 平和願い戦った日本人 (1/4ページ)

2014.8.26 13:00

マルタの首都バレッタの高台で港をバックに記念写真を撮る観光客。港には、ヨットや豪華客船が停泊していた=2014年7月11日(内藤泰朗撮影)

マルタの首都バレッタの高台で港をバックに記念写真を撮る観光客。港には、ヨットや豪華客船が停泊していた=2014年7月11日(内藤泰朗撮影)【拡大】

  • マルタ騎士団が眠る聖ヨハネ大聖堂の内部は、簡素な外観とは異なるきらびやかな装飾が施されていた=2014年7月11日、マルタ・首都バレッタ(内藤泰朗撮影)
  • マルタの英国人墓地の一角に設けられた日本帝国海軍の記念碑。第一次世界大戦で戦死した日本人将兵の名前が刻まれている=2014年7月11日、マルタ・首都バレッタ(内藤泰朗撮影)
  • マルタのバレッタの港に停泊する日本帝国海軍の艦隊。地中海で日本海軍が戦ったことは、マルタでもあまり知られていない(マルタ国立戦争博物館提供)
  • 第一次大戦後、マルタのバレッタで、ドイツから“戦利品”として接収したUボートの甲板上で記念撮影する日本帝国海軍の水兵たち(マルタ国立戦争博物館提供)
  • マルタの首都バレッタ市庁舎玄関に据え付けられた大砲にのぼって遊ぶ子供たち=2014年7月10日(内藤泰朗撮影)
  • マルタ共和国
  • マルタ・首都バレッタ

 日本から遠く離れた地中海で約100年も前に、平和を願いながら第一次世界大戦を戦った日本人たちがいたことはあまり知られていない。第一次大戦開戦から1世紀に当たるこの夏、彼らの足跡をたどり、「地中海のへそ」と呼ばれる南欧の小さな島国マルタを訪ねた。

 マルタの首都バレッタは、高い城壁に囲まれた海に浮かぶ要塞だった。南国特有の強い日差しが肌を焼き、透き通るような青い空と海が広がる。港には、ヨットや豪華客船が停泊していた。だが、100年前には、その平和な港も、軍の艦船でいっぱいだった。

 ちょうど100年前に参戦した英国は、ドイツとの戦況が悪化する中、同盟関係を結んでいた日本に地中海への艦隊派遣を要請。日本は1917年に駆逐艦8隻を派遣し、翌18年の終戦までに計788隻の連合国側の輸送船や病院船を護送し兵員70万人を輸送した。

 さらに、敵の潜水艦Uボートと35回も交戦し、Uボートに沈められた船からは7000人以上を救出。駆逐艦「榊」は魚雷攻撃で大破し、艦長ら59人が死亡するなどの犠牲者も出した。

長い歴史の島 眠る66人の将兵

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