ずっと続けばとの思い
いとこ同士で遊ぶだけではなく、一人で用水路を泳ぐ小魚を小さな鍋ですくったりもしました。すくった小魚は、熱く焼けた鉄板の上に、水ごと流しました。水は熱で瞬時に蒸発し、魚はあっという間に生干しのようになりました。実家のアイヌ犬に与えると、喜んで食べました。
今は廃線になったJR-当時は国鉄でしたが-の単線が畑を貫くように走っていて、めったに列車が来ないそこを歩くのも好きでした。ホームだけの無人駅が近くにあって、その周りには少し背丈の高い、細くとがった葉を持つ草が生えていて、赤茶けた石とレールが右を見ても左を見ても続いている。石もレールも夏の陽を受けて熱を溜めこみ、ゆらゆらと陽炎が燃えたっている。そこでしゃがんで枕木や石を延々いじって一人遊びをしても、誰にも怒られませんでした。本当にめったに列車は通りませんでしたし、昼間の大人は忙しく、私に構う暇などなかったのです。
夏草と強い陽射し、山と畑と緑の匂い。ずっと夏が続けばいいと思いながら、そうは決してならない現実が、私を悲しませました。祖母、叔父叔母、いとこたち、それから夏の空気。具体的になにをと言い表せないところがもどかしいのですが、それらは私にさまざまなことを教えてくれた気がします。夏を越すたび、少しずつ私の中で、なにかが変わっていったのです。