面白いことに、オモロチカを漕ぐにはヘラ型の櫂(かい)だけでなく、ヤナギの枝を切った棒も使う。長さ60センチ、太さ人差指ほど。先端5センチほど皮を剥ぎ、少しとがらせただけのいわば“棒切れ”だ。だが流れの緩い浅瀬ではそれで十分だし、水にさしても櫂以上に音がしない。そして急に獲物が現れた時はパッと手放し、銃に持ち替えるのだ。川に流してもまたいくらでも作り直せるから、まったく惜しくないのである。
色あせたオモロチカもそうかもしれないが、一見頼りなく見える昔からの道具が、実に理にかなっている。さらに感心するのは、使い終わってもやがて土に還るだけで、タイガを汚さないことだ。
森の木で自分が乗る舟を作り、森で育った動物を狩る。舟が不要になってもゴミを残さない-。それは今の時代なかなか実現できることではない。
僕自身、人力頼りのカヌーが好きで北海道やアラスカで長い川旅をしている。またアイヌの伝統的海洋船“イタオマチプ”をカナダのバンクーバー島で2カ月かけて復元し航海する旅に参加したことがある。そこで実感したのは、生きた道具としての木の舟は、作る人と使う人、そしていい水辺と森があって初めて未来に残っていくということだ。