だが、なぜか兵庫県の物語だけはいまだ書いていないではないか。しかも、僕は見つけてしまったのだ。ある雑誌で「後世に残したいクラシックス」として万城目が志賀直哉の『清兵衛と瓢箪』をお薦めしていたのを。ぱっと見たところ、似ても似つかぬ志賀と万城目ワールドだが、その2人の書き手の間には何らかの架け橋がかかる直感もあった。だから、昨年の冬と今年の春の2度、志賀直哉が実際に逗留した城崎温泉にある三木屋旅館の26号室に寝泊まりしてもらい、ゆるりと町を散策し、お湯に浸かりながら新しい城崎の物語を構想してもらったのだ。
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そんな風にしてできあがった短編小説が万城目学の『城崎裁判』(1)というわけだ。あまり多くを語る気はないが、少しだけあらすじに触れておくと、投石で殺された先祖の無念を晴らそうと、イモリの化け物が城崎を訪れた小説家の過失を問う、といったところか。世にも奇妙で愉快な裁判ものは、まさに万城目学だからこそ描ける世界。しかも、ちゃんと志賀直哉の物語との接続しているではないか。見事に先人の物語を組み込みながら、現代の城崎温泉の描写も細やか。町のガイドとしても愉しめる仕上がりになっている。