サケにとっては湧き水のある上流で産卵し、次の世代へ生命のバトンを渡すための本能だ。しかし上流に住む人にとっては、海で育ったサケの群れが厳しい冬を前に“お土産”を背負ってきてくれるようなもの-。自然からの最高の贈り物であり、家を離れた子供が大きくなって里帰りしてくれたような、心うれしい出来事なのである。
初めてヤール村を訪ねた8年前、前述のヤコフは、村まで遡上するサケが激減したと嘆いていた。当時、アムール川上流の化学工場で爆発があったことや、下流での捕り過ぎが原因ではないかと彼は疑っていた。そしてはっきりと原因がつかめないことがさらに未来への不安を募らせていた。僕が北海道では下流のウライ(漁獲施設)やダムで産卵場所までたどり着けるサケが少ないこと、上流の産卵適地が河川改修で狭まっていることを話すと、非常に驚いていった。
「この土地が人の体なら、川は森と海をつなぐ血管だよ。水の流れと魚の行き来をせき止めるダムは決して造ってはいけない。今からでもすぐ取り外した方がいい-」
上流でサケを待つ人にとって、秋にサケの群れが現れないことは恐怖である。海から離れた内陸であればあるほど、長い血管は健全に保たれなければならない。僕はヤコフが忠告してくれた時の真剣な顔を今でも忘れられない。