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共産党関係者によると、今回の「文芸講話」は中国建国の父、毛沢東(1893~1976年)が1942年に革命の聖地、延安で行った「文芸講話」を強く意識したものだ。参加者を72人に絞ったのも、毛の講話発表から72周年を記念する意味があるという。
毛が講話を行ったのは、自身が党内で最高指導者の地位を固めた直後だった。共産党を支持する国内の文芸関係者を延安に集め、「文芸は革命的でなければならない」といった趣旨の講演を行った。
創作意欲の萎縮は必至
49年の新中国建国後、この毛の講話は絶対視され、「最高指示」と位置づけられた。「革命的でない」と判断された作品は次々と発売禁止の処分を受け、その作者たちは迫害された。66年に始まった「文化大革命」はこの毛沢東の文芸講話の延長線にあると指摘され、当初の目的は「古い文化と伝統を壊し、新たな社会主義文化をつくること」だった。