≪埼玉と福島の絆 強くなって未来へ≫
「仲間、助けにいかなきゃいけないべ」
震災発生直後、「すぎと~」の小川清一理事長(70)は、1000食分の食料を持って、杉戸町の友好姉妹都市である富岡町民が避難する川内町へと駆けつけ、炊き出しを行った。
その後、避難区域が拡大し、川内村も全村避難へ。小川さんが食料とともに杉戸町長の手紙を持って行ったことがきっかけで、杉戸町と周辺の幸手市、宮代町で、富岡町、川内村の約200人の避難を受け入れることが決まった。
知り合いの知り合い
一方、「埼玉~」は、「市民キャビネット災害支援部会」として、被災地支援に向かったさまざまなNPOのとりまとめや後方支援をしながら、自らも物資や食料の移送を行っていた。「知り合いの知り合いだったりいろんな所からSOSが届いていた」と「埼玉~」の松尾道夫代表理事(67)は振り返る。
その後、2つの団体は共同で復興支援を開始。食料や物資などの初期の直接支援だけでなく、首都圏に避難している人たちのコミュニティーづくりや、帰村宣言をした川内村で復興祭を開くなど、長期的な交流・支援を続けてきた。
そんなとき、国土交通省が全国から「広域的地域間共助」事業を募集していることを知る。