訪朝し、金日成主席(中央)と握手を交わす自民党の金丸信(かねまる・しん)副総理(左)と社会党の田辺誠副委員長(右)=1990年9月26日、北朝鮮(奥村茂撮影)【拡大】
だが、自民、民主両党が相乗りで特定の候補者を推すことは、最近では10月の福島県知事選にみられたように、決して珍しくはない。ましてや、山梨ではその昔、知事選は自民党と旧社会党が手を握って知事を当選させる「保革連合」が繰り返された。
1979年2月の知事選では、元衆院議員で当時現職の田辺国男氏が4選を目指し出馬した。田辺氏とライバル関係にあった金丸氏は多選批判を展開し、社会党と手を組んで副知事だった望月幸明(こうめい)氏を擁立した。勝ったのは望月氏だった。
もっとも田辺氏も、初当選した67年1月の知事選で、社会党と「県政刷新連盟」と称した組織をつくり、「保革連合」で当時の天野久知事を破っている。
保守政治家の矜恃
金丸氏といえば、90年に当時の社会党の田辺誠副委員長らと自社両党の代表団を率いて訪朝し、金日成国家主席と会談している。このとき朝鮮労働党と日朝国交正常化に向けた3党共同宣言をまとめたが、「戦後45年の償い」を求める文言が含まれていたため、帰国後、国内の批判を浴びた。
金丸氏生誕100年の今年は、金丸氏の長男でテレビ山梨社長の康信氏が団長を務める訪朝団が北朝鮮を訪ね、9月8日に金永南最高人民会議常任委員長と面会した。