生まれた場所へ回帰するサケ。無数の流れの中からふるさとの水を嗅ぎ分け、海から河口、そしてさらに上流へ。そんな彼らの後を追いかけたある日のこと。
全長3メートルのゴムボートに取り付けたエンジンを操り、ある小さな川をさかのぼった。川幅は10メートル前後、水深は深いところでも2メートルほどだろうか。川全体が静止してみえるほどの穏やかな流れを、コケに覆われたレインフォレストが両側から包み込む。こちらの進むスピードも、いつしか徒歩ほどのゆったりとしたペースになっていた。
サケが還る川の水は清冽(せいれつ)だ。そこかしこで休憩する魚群が、ボートに驚き、弾(はじ)けるように散っていく。申し訳ないと思いつつも、サケだらけなのでどうしようもない。
さらに進むにつれ、きれいだった水が黒く変わっていることに気がついた。白いボートが黒い水に浮かんでいる。どうしたことかと目をこらす。と同時に、驚きが背筋を打った。黒全体がうごめいているではないか。その正体は何とサケの大群だったのだ。