他には、地球上の資源の枯渇、大災害、温暖化や隕石(いんせき)衝突、核で自爆してしまう可能性、どれもあり得るだろう。しかし、その滅び方だと私のような人間は、避けようがなかった不運だと受け入れてしまったり、まるで一部の大企業や、どこかの国の偉い人が暴走したおかげで、と被害者面してしまいそうな気がする。
携帯電話は危険
人工知能が原因ならそんなふうには思わない。携帯電話が普及し始めた十年ほど前、私は「こんな便利なものは危険だ」と本能的に感じ取った記憶がある。しばらくその本能に従って時代の波に必死に逆らっていたが、ある日とうとう力尽き、いっそこのまま流されてみよう、と方向転換。一度便利さを知ったら戻れないとじゅうぶん分かっていながら、文明に身を委ねたのだ。だから今、その代償で悲劇が起こるといわれても驚かない。驚かないどころか、「やはりそうでしょう!」といわんばかりの納得感がある。私だけじゃない、みんな本能的に危険を感じ取った瞬間は必ずあったのではないだろうか。未開の地の部族と、不便さを知る機会すらなかった子供たち以外、ほとんどの人間に心当たりがあるのではないか。