確かに、後藤氏も「すべて自己責任」というメッセージを残したが、それに私たちは甘えてはいけない。メディアの報道と倫理についての古典的報告書で、1946年に出された『自由で責任あるメディア』(和訳・論創社刊)には、「日々の出来ごとの意味について、他の事象との関連のなかで理解できるように、事実に忠実で総合的かつ理知的に説明すること」とある。
高村氏の発言時にその場にいた知人記者によれば、高村氏は「後藤さんは優しく使命感が高く、勇気のある人だった」と強調したそうだが、どのような状況であっても、国家は国民を守ることに最善を尽くすべきである。ましてや政治家といえども、メディアやジャーナリストによって、多くのことを知ることができるのだから、軽々にジャーナリストを「軽率」と決めつけ、おとしめてはならない。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)