絆と人間味の「決断」
黒田投手のプレーを初めて見たのは、プロ3年目でインターコンチネンタル杯に出場したときだった。経歴を調べると、上宮高では控え投手で、専大でも当初はそれほど目立った選手ではなかった。だが、そのピッチングに「こんなすごい投手がいたのか」と目を丸くしたのを覚えている。
いわゆるパワーピッチャーで、威力のある直球に加え、カットボールやスライダーも切れ味があった。フォークも武器に持ち、カープのエースになるのに時間はかからなかった。5年目の2001年に12勝を挙げると、05年は15勝で最多勝を獲得。06年には防御率1.85という好成績で最優秀防御率のタイトルを手にした。この年のオフには、高額年俸を用意する日本の他球団への移籍も噂されたが、彼はフリーエージェント(FA)の権利を行使せずにチーム残留を宣言した。
このときの決断が、カープファンとの絆を強固にしたといわれている。
海を渡ったのは08年。注目の投手だったが、当時の球団側の補強リストとは合致せず、今にして思えば残念でならない。