しかし変なのは、思想や政治傾向に左寄り、右寄りがあることだ。もともとはフランス革命やイギリス議会で対立しあう党派が左翼と右翼の位置を占めたことからこんなネーミングになったのだが、そのうち、進歩主義・社会自由主義・社民主義・社会主義・共産主義が「左」の連中で、保守主義・民族主義・王権主義・国家主義・ファシズムなどが「右」の連中ということになった。そうなると、このどちらにも片寄らないでいようとする連中は「中道」とか「リベラル」とかとみなされるようになった。
どうやらわれわれの社会心理のどこかに、意見や行動や価値観を左右に分けたがる「むらむら心」があるようなのだ。しかし、なぜそうなってしまうのか。ジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右に分かれるのか』という本は、その「むらむら心」の正体を追って、今日の道徳観の多発性の実態に分け入り、いったい選挙や勢力争いで、なぜリベラルが左右のいずれの極端派に勝ちにくいのかを分析した。「むらむら心」の正体は「正義」や「正当性」がどのように生じるかということにまつわっていたのである。