今回、島に到着した今月5日。慰霊碑「みたま」の前で、ハーモニカを吹いた。若くして帰れなかった戦友らを思い、南洋での海軍兵らの郷愁を歌った「ラバウル小唄」を選んだ。「1万の英霊たちが喜ぶ姿が、はっきりと見える」。戦友を追悼された両陛下のお姿に、土田さんはつぶやいた。
「ありがとうございます。戦友に代わって、御礼申し上げます」。元陸軍二等兵、倉田洋二さん(88)=東京都=は、ペリリュー島の南西に位置するアンガウル島での過酷な戦闘で散った、宇都宮歩兵第59連隊第1大隊約1200人の仲間の名簿を手に、両陛下に伝えた。
陛下の「ごくろうさまでした」というお声が、戦友全員に届いたと思った。両陛下は西太平洋戦没者の碑に花を手向けた後、海の向こうに見えるアンガウルの島影にも深く頭を下げられた。倉田さんもつえで立ち上がって拝礼した。
南洋にいた親類を頼って10代でパラオに移住。「一生住みたいほど楽しい青春だった」。そんな中、現地召集に応じ、アンガウル島で10倍以上の兵力の米軍と対峙(たいじ)。砲撃で重傷を負いながらも抗戦を続けたが、米兵に発見、拘束された。「生き残ってしまった」との思いは消えず、戦友が眠る靖国神社にはなかなか足を運べないという。