「たいして痛くもないのに、そんな大胆なことができる自分に酔っているんだろう、お前」とAさんが内心私に白けていることが、その時、はっきりと分かったのである。そんなんじゃない。私は、擦りむけて血の出た足を突きつけようとした。と同時に、多少いい気になっていたのかもしれない、とまぎれもなく、ぎくっとしたのである。それ以来、私は靴を脱がなくなった。
先週、久しぶりにアスファルトにつけた靴下履きの足の裏は、知らない星の上に降り立ったように、どうにも居心地が悪かった。私は人目を盗むように、すっぽん、すっぽん、脱げる靴下をあげながら、ホテルまでの道を黙々と帰った。(劇作家、演出家、小説家 本谷有希子/SANKEI EXPRESS)
■もとや・ゆきこ 劇作家、演出家、小説家。1979年、石川県出身。2000年、「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。07年、「遭難、」で鶴屋南北戯曲賞を受賞。小説家としては短編集「嵐のピクニック」で大江健三郎賞、最新刊「自分を好きになる方法」(講談社)で、第27回三島由紀夫賞を受賞。