第二次世界大戦の激戦地となった米自治領・北マリアナ諸島にあるサイパン島。米軍が上陸したススペ地区周辺の沖合に砲塔だけ顔を出したシャーマン戦車が今も残る。日没とともにシルエットがくっきりと浮かび上がってきた。
「現地人は委任統治に不満だったと思います」。戦跡巡りのガイドを務めるバルシーナス米子さんが話す。夫はミクロネシアの先住民であるチャモロ人。夫の父親から日本の委任統治領だった頃の話をよく聞かされた。
当時は国際連盟が制定した委任統治条項で現地人に酒類を提供することが許されていなかった。隠れて酒を飲み、刑務所に入れられる現地人も多かったという。
戦後70年の歳月を経て、巨大な樹木が日本刑務所跡を侵食している。分厚いコンクリートで堅牢(けんろう)に造られているが、雨水をためやすいようにトタン屋根だったという。相当に暑かったことだろう。戦時中は米軍捕虜の収容所となり、壁には上陸日の1944年6月15日の日付が刻まれていた。
16世紀のマゼランによる発見以来、サイパン島はスペイン、ドイツ、日本、米国と統治されてきた。米子さんの義父は「今考えると一番よかったのが日本」と振り返るそうだ。