「算術も九九も教わった。成績優秀者は内地の学校にも入れてもらえた。今の教育よりずっといい」。そして「戦前も戦後も日本が開発してくれた。戦後は観光業でサイパンを育ててくれた」と感謝を忘れない。
≪悲痛な歴史の地で残念な振る舞い≫
サイパン島の北端に近いバンザイクリフ。多くの日本兵、民間人が「万歳」と叫びながら80メートル下の海に身を投げたことからその名が付いたとされる。その数は1万人ともいわれ、海は血で真っ赤に染まり、遺体の上に落ちて助かった者もいたという。
海を見渡せる風光明媚(めいび)な地で、今では観光スポットになっている。大小さまざまな慰霊碑が並ぶが、そのうちの一つには裏側にガムをこびりつけた跡が無数にあった。
同じくたくさんの自決者を出したマッピ山頂にある断崖スーサイドクリフ。近くにある個人名の書かれた小さな碑は破壊されたものが多数あった。