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太平洋の激戦地・サイパン(上) 委任統治 不満も感謝も (2/3ページ)

2015.6.11 14:30

夕陽に包まれたチャラン・カノア・ビーチ沖に残る米軍の戦車=2015年4月24日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)

夕陽に包まれたチャラン・カノア・ビーチ沖に残る米軍の戦車=2015年4月24日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)【拡大】

  • 追い詰められた日本兵や民間人が身を投げたバンザイクリフ=2015年4月24日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)
  • 廃墟となった旧日本刑務所=2015年4月26日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)
  • 旧飛行場に残された日本軍の戦車=2015年4月26日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)
  • 米軍迎撃に奮戦した「黒木大隊」玉砕の地に残る機関砲=2015年4月26日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)
  • 戦跡巡りのガイドを務めるバルシーナス米子さん=2015年4月26日、米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島(佐藤良一さん撮影)
  • 米自治領・北マリアナ諸島のサイパン島

 「算術も九九も教わった。成績優秀者は内地の学校にも入れてもらえた。今の教育よりずっといい」。そして「戦前も戦後も日本が開発してくれた。戦後は観光業でサイパンを育ててくれた」と感謝を忘れない。

 ≪悲痛な歴史の地で残念な振る舞い≫

 サイパン島の北端に近いバンザイクリフ。多くの日本兵、民間人が「万歳」と叫びながら80メートル下の海に身を投げたことからその名が付いたとされる。その数は1万人ともいわれ、海は血で真っ赤に染まり、遺体の上に落ちて助かった者もいたという。

 海を見渡せる風光明媚(めいび)な地で、今では観光スポットになっている。大小さまざまな慰霊碑が並ぶが、そのうちの一つには裏側にガムをこびりつけた跡が無数にあった。

 同じくたくさんの自決者を出したマッピ山頂にある断崖スーサイドクリフ。近くにある個人名の書かれた小さな碑は破壊されたものが多数あった。

ため息しか出ない… バンザイクリフで万歳をする若者

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