筆者の研究についても少し説明しよう。カルシウムは骨や歯の材料になる大事な栄養素だが、細胞内に入ると強い毒性を発揮する。このため、血液や体液には多量のカルシウムが含まれているのに、細胞内にはその1万分の1しかない。なぜこんなことになったのだろうか。工学を目指したのにどこかでまちがえて獣医学に進学した東京大学で、62年に卒論研究として始めて、結局定年まで続いた研究が、このカルシウムの謎を解くことだった。
≪発毛剤や「あの薬」開発にも貢献≫
細胞内にカルシウムがほとんどないのは、生命の誕生と関係している。生命体が誕生した原始の海はアルカリ性で、カルシウムは炭酸カルシウムとして沈殿してしまい、海水中にほとんどなかった。そんな海で生まれた生命体はカルシウムに対して無防備だった。
その後、海水は徐々に中性になり、炭酸カルシウムの沈殿が解けて海水のカルシウム濃度が増えていった。カルシウムの毒性で死に始めた生命体は、生き残るために、カルシウムが通過できない厳重な細胞膜を作った。その結果、細胞内のカルシウムを低く保った現在の生物の形が完成したのだ。