身についていなくて、結構なのである。東洋だってイスラムだって、ヨーロッパの「普遍」を身につけずにここまでやってきたのだ。ただ、その東洋やイスラムや日本から〈世界史〉を捉え直したら、どういう記述の作法ができるのかということは、東洋・イスラム・日本がすっかりグローバルスタンダードを受容してしまった21世紀においては、新たに求められなければならない作業になってきた。それを大澤真幸が引き受けたのだ。
このシリーズは「イエス・キリストはなぜ殺害されたのか」という一点から始まって、その事実をヨーロッパがどう歴史化してきたのか、それはアッラーの神にもとづく社会の歴史観や価値観とどう違うのか、インド文明や中国文明は多神多仏を擁する社会のなかで、何を「普遍」とみなしたのかというふうに展開されていく。
たいへんな構想だが、「普遍」に弱い日本人にとっても、この試みは待望されていたことなのだ。是非ともこれは書き切ってもらい、そのうえで大澤君の得意な「編集力」によって、著者自身による要約版や転換版にもとりくんでもらいたい。