【BOOKWARE】
下のプロフィール欄に変な写真が載っている。これは名古屋の「番器珈琲」の小島伸吾君が贈ってくれた手製提灯で、ぼくがゲバラになっている。小島君はぼくの未詳倶楽部の会員で、イシス編集学校の師範もしている版画家で、実は珈琲ゲバラなのである。
1964年の夏、ゲバラの合言葉「祖国か、死か」が発せられた。2年後には「数多くのベトナムを!」が世界に広まった。ぼくは早稲田にいて、この言葉が熱かった。ところがその翌年には、CIAは暗号「パピ600」を発して、ボリビア山中で苦戦していたゲバラを暗殺した。39歳だった。キューバでは国葬が営まれ、三一書房がすぐに『ゲリラ戦争』と『ゲバラ日記』を刊行した。むさぼり読んだ。
ゲバラは喘息持ちのアルゼンチーナで、オートバイ乗りである。快著『モーターサイクル・ダイアリーズ』はロバート・レッドフォードが映画化した。ゲバラは医者を志した革命家であり、葉巻を愛した理想主義者でもあった。「女が好きになれないなら男をやめる、革命ができなくなったら革命家をやめる」と言っていた。