チャイコフスキーやラフマノニノフ、ショスタコービチなどロシアものを得意とするユーリ・テミルカーノフ=2008年10月26日(ジャパン・アーツ提供)【拡大】
ショスタコービッチの教室で
来年の来日公演で、ショスタコービッチの交響曲第7番「レニングラード」を演奏する。ショスタコービッチが亡くなって今年で40年になる。
「個人的に知っています。天才をひけらかさず、シャイで謙虚で控えめで、天才には見えませんでした。不自然なほど謙虚で、来た手紙に必ず返事を書くなどきちょうめんな人でした。レニングラード音楽院で教えていました。私はどんな授業をするのだろうか、と興味を覚え、教室をのぞいたのです。ドアをこっそりあけると、学生でびっしり、座る余地もありません。ショスタコービッチが振り向いたので、入っていいですか、と聞きました。もちろんもちろん、と言い、自分が座っていたいすを持ってきてくれたのです。私はどうしていいか分かりませんでした。もちろん、別の学生がいすを持ってきてくれました。みながじっと見ていましたから、席についたのはいいけれど本当にどぎまぎしてしまいました。それは彼にとって自然な行動だったのです。今は日本人にもこうした態度を取る先生は少なくなったでしょう。ロシアにもいません」(月刊音楽情報誌「モーストリー・クラシック」編集長 江原和雄/SANKEI EXPRESS)