「明かり」としての存在意義
ろうそくは奈良時代に、仏教とともに日本に伝来した。原料は蜜ろうで、輸入に頼っていた。室町時代以降は国産になり、江戸中期以降には、ろうが採れる櫨の生産が各地で奨励され、生産量が増加した。とはいえ、基本的には貴重な照明であったため、利用は主に寺院や富裕層などに限られていた。
西洋ろうそくの国産化が明治時代以降に始まり、「和ろうそく」は儀式などに利用目的が限定されるようになった。さらに、ガス灯、電灯と移り変わり、今では和ろうそくを「照明」として用いる機会は激減している。和ろうそくの需要も下降の一途をたどり、和ろうそくの生産者は、全国で約20軒にまで減ってしまった。つまり、奈良時代から「照明」としての用途を中心とした「和ろうそく」の存在意義が、今や大きく問われているのが現状である。
大與は、巧さんの曽祖父が創業した。寺院の多い滋賀県で、確かな物づくりを基軸に顧客を獲得し、永平寺御用達になった。巧さんは、師匠でもある父、明弘さんにろうそく造りを学び、四代目として家業を継いだ。
代替わりをした巧さんは、「照明用としての和ろうそくは、現代において価値を持っていない。考えぬいた結果、『照明』ではなく『明かり』が提案できる豊かな暮らしの発信に意義を見いだした」と話す。