【BOOKWARE】
隆慶一郎の出現は事件だった。週刊新潮に『吉原御免状』を連載してからのたった5年間だったのに、またたくまに連打された仮説に富む徳川社会の「裏」を描いた作品群は、時代小説を一変させた。それも61歳のときからの執筆だった。ぼくは一読して、参った。降参した。こういう小説をぼく自身が待望していたのだということも、わかった。しかし作者は66歳で亡くなった。こうして、とんでもない徳川歴史仮説がのこされたのだ。
『吉原御免状』の物語は、宮本武蔵に鍛えられた26歳の松永誠一郎が、武蔵の遺言を守って吉原を作り上げた庄司甚右衛門の居所に赴いたところ、甚右衛門は死んでいて、かえって影のような何者かたちに付け狙われる羽目になった場面から始まっている。物語が進むにつれ、吉原が完全自治の「公界」(苦界)であったこと、そこには家康が甚右衛門にもたらした謎の御免状があったらしいこと、影は裏柳生の一族であったこと、何らかの理由で吉原は潰されそうになっていること、誠一郎を助けているのは傀儡(くぐつ)の一族らしいことなどが見えてくる。さあ、ここからどんな顛末が展開されるのか。