杉原氏は岐阜県八百津町出身。1939年にナチス・ドイツがポーランドに侵攻し、翌年、ナチスの迫害を恐れたユダヤ人が隣国リトアニアに殺到し、日本通過のビザを求めた。その際、杉原氏は日本政府の指示に反し、人道的立場から独断で発給し、約6000人を救ったとされる。
戦後の47年、杉原氏は退職に追い込まれたが、ユダヤ人が避難したイスラエルや米国を中心に評価が高まり、外務省は2000年になって顕彰プレートを外交史料館に設置、名誉回復を図った。リトアニアの旧領事館は「杉原記念館」として保存されている。
シンドラー氏はポーランドで工場を経営。ナチス側にユダヤ人労働力の提供を要請し、労働者の名簿を提出、雇用することで強制収容所に送られる運命にあった約1200人の命を救った。映画「シンドラーのリスト」でも描かれた。(SANKEI EXPRESS)