世界遺産に登録されたブルーモスクと、その向かいにあるアヤソフィアにも足を運んだ。ギリシャ正教の聖堂を、イスラム教のモスクとして改造した、歴史的にも貴重な建造物群に息をのんだ。しかしその目線は世界遺産以上に、人々の生きる姿に向かっていったようだ。「旅先で触れる人々の暮らしの在り方の方が強烈でした。人との出会いの感動が大きくて、世界遺産でさえも、僕の中ではかすんでしまうほどでした」
その中の一人、新興富裕層に評判の高級ステーキハウスのオーナー兼コックであるギョクチェさん。31歳で7つの店舗をもつ若手実業家で、客の注文に合わせて極上の肉を調理するスタイルが人気を集めていた。井浦さんは、彼の一日の行動に密着した。「彼はビジネスマンである前に、職人なのです。肉選びとお客さまへのサーブは必ず自分で行い、おのれの目と手、感覚を信じ、他にはないサービスに挑んでいました」。その地道な働きぶりに職人としての誇りを感じたという。
ギョクチェさんは、トルコ北部の山間部出身。父は鉱山労働者で、貧しくて小学校しか出られず、1つのベッドを兄弟5人で使い、食事も床で食べる生活を送っていた。13歳で故郷を離れてイスタンブールへ。当時の写真を大切にしており、差し出された携帯電話の液晶画面には、あどけない13歳の彼の姿が映っていた。「過去もすべて自分のものとして受け入れる、強さとやさしさを感じました」