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【アジアハイウェイ】其の二(アゼルバイジャン) 独裁の国父と人々の幸せ (2/4ページ)

2015.9.28 10:30

首都バクーの港から見るカスピ海にのぼる朝日=2014年12月20日、アゼルバイジャン(井浦新さん撮影)

首都バクーの港から見るカスピ海にのぼる朝日=2014年12月20日、アゼルバイジャン(井浦新さん撮影)【拡大】

  • 首都バクーの夜景を背景に、見つめ合う恋人たち=2014年12月20日、アゼルバイジャン(井浦新さん撮影)
  • 街中に立つモニュメント。天然ガスがずっと燃えている=2014年12月20日、アゼルバイジャン(井浦新さん撮影)
  • ギャンジャからシェキへの途中、羊飼いの人々に出会った。1991年独立を果たすまで、アゼルバイジャンは、旧ソビエト連邦の一部だった。「『今の方がいい。羊も自由に飼え、チーズをつくりバザールで販売できる』と彼らは言っていました」=2014年12月18日、アゼルバイジャン(井浦新さん撮影)
  • アゼルバイジャン・首都バクー

 シルクロードの交易都市だった古都シェキに到着。石垣とテラコッタでできた町では夏の観光リゾート化が推し進められ、山の方まで開発が進んでいた。高い技術を持つシュベケ(ステンドグラス)の職人親子の工房を訪れた。息子はiPhoneで音楽を聴き、人見知りをするいまどきの青年。「面と向かって『オヤジすごい』なんて、まだ言いたくない」という複雑な年頃だ。「一見仲が悪そうだけれども、伝統を背負いながらじかに技術を受け継いでいる。すてきな2人に思えました」

 ≪オイルマネーの輝き つきまとう影≫

 首都バクーまで40キロの地点で夜、火を噴いている場所が見えた。2006年トルコまでパイプラインがひかれ、国に飛躍的な経済成長をもたらした、アゼルバイジャン最大の石油基地だった。撮影しようと下車したら、ただちに警報が鳴った。「ここから以降、僕たちの旅は何をしても『ちょっと待て』と声をかけられ、動きづらくなっていきました」

 バクーには、国の人口の20%が集中している。光り輝くネオン。真っ赤な炎をかたどったフレームタワーは、「火の国」と呼ばれるアゼルバイジャンのシンボルだ。一夜明けて、日本と変わらない時間の流れが突然やってきた。ヨーロッパを思わせる、洗練された町並み。海外の有名ブランドの店がずらりと並び、富裕層がショッピングを楽しむ。

ザハ・ハディド氏の建築設計

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