報道陣に公開されたスーパーカミオカンデ内部。たくさんの光電子増倍管が並ぶ=2006年4月7日、岐阜県飛騨市(山田哲司撮影)【拡大】
この大問題に決着をつけたのが梶田氏だ。最初の舞台は、2002年にノーベル賞を受けた小柴昌俊氏が岐阜県飛騨市神岡町の地下鉱山跡に建設した観測施設「カミオカンデ」。放射線の一種である宇宙線が地球に降り注ぐ際に、大気中の原子核とぶつかって生成される「大気ニュートリノ」を観測したところ、ミュー型の数が理論的な予測の60%しか検出されない「異常」を見いだし、1988年に論文を発表した。
これは残りの40%が振動現象によってタウ型に変身したことが原因だったが、カミオカンデの性能では十分に解明できなかった。そこで梶田氏は戸塚洋二氏(2008年に死去)らとともに、大型化で性能を10倍以上に増強した後継施設「スーパーカミオカンデ」を建設。1996年から観測を開始すると、研究は劇的に進展した。
飛行距離に着目
梶田氏が着目したのはニュートリノの変身と飛行距離の関係だ。ニュートリノは飛び始めた直後には変身しないが、飛行距離が長くなると変身しやすくなる性質がある。