田村の作風は私淑した向田(むこうだ)邦子の作品とも似通い、市井の人々の日常に焦点を当て、心の闇を映し出す。
もともと俳優志望で1997年、同級生と劇団を立ち上げたことで「作品を書かざるを得なくなった」と苦笑いする。自信がない分、体験や経験値から「嘘のない、信じられる話を書きたい」。根底にあるのは「偏った考え同士の真ん中にいて、両方のことを理解したい」という感覚だ。
「そして母は」で描く女性たちの心のひだは、さまざまな心理を客観視することから生まれた。「日々の暮らしはそう劇的ではなく結論も出ない。広がりはなくても、見る人たちは共感できる。問題提起ができれば十分。見終わった後、1週間後にふっと思い返せるような演劇を作りたい」
向田邦子から学んだのは「大事なことは言わない日本人の奥ゆかしさ」。「本当は好きでも嫌いと言ってしまう。本音をあからさまにしないのが日本人のいいところでもあり、悪いところ。現代は本音をあからさまに漏らす時代でつまらない。隠そうよ、と思う」