不浄なものを洗い流して浄化させる水の力は神事、仏事と切っても切れない関係をもち、水源や航海など水にまつわる神仏が信仰されるようになった。
七福神の一人、弁才天はもともとインドの河川を神格化した「サラスヴァティー」を漢訳した名前だという。水の神として五穀豊穣(ほうじょう)や商売繁盛、学問などもつかさどる。
弁才天の頭部にとぐろを巻いているのは食物神の「宇賀神」。体は白蛇で顔は老翁という姿はちょっと怖いが、江戸時代になると、単独でも像がつくられて信仰の対象になった。木喰の弟子、木食白道の宇賀神像(18~19世紀)はほほ笑んでいるようで、どこかユーモラスだ。
豊作に向けて「祈雨」
水に対する信仰の中で、切実な願いが込められたのは豊作に向けての雨乞い「祈雨」だ。古くは「日本書紀」にも記載がある。仏教(密教)の祈雨では、京都の神泉苑の池など「龍(神)のすむ場所」で祈祷(きとう)するようになる。