メヨハネス・フェルメール「水差しを持つ女」(1662年頃、45.7×40.6cm、メトロポリタン美術館、ニューヨーク)。Marquand_Collection,Gift_of_Henry_G.Marquand,1889(89.15.21)。Photo_Credit:Image_copyright。(C)The_Metropolitan_Museum_of_Art.Image_source:Art_Resource,NY【拡大】
2人をつなぐ存在
いまさら生い立ちやキャリアを説明するまでもない。少し乱暴だが、フェルメールとレンブラントの主な相違点を大ざっぱな表にしてみた。表を参考に作風の違いはどこからくるのかを考えてみたい。
注目したいのは師匠だ。レンブラントの師匠はピーテル・ラストマン(1583~1633年)。フェルメールの師匠ははっきりしない。ラストマンは当時のオランダの画家の多くがそうしたようにイタリアで3年修業し、その間とくに、背景に黒を多用するミケランジェロ・メリージ(1571~1610年、通称・カラヴァッジョ)の様式に強く影響された。レンブラントも師匠の画風の多くを受け継いだとみられている。
確かに、フェルメールにも「マルタとマリアの家のキリスト」(1655年ごろ)などカラヴァッジョ様式とみられる作品があるが、その影響は、あまり大きくはなかったようだ。むしろ、レンブラントの弟子だったカレル・ファブリティウス(1622~54年)との関係が重要視されている。